第13章 三四五六祭りで優勝シロ

□1995年12月20日 11時00分 関西中央病院

「サワダ課長、怪我の具合はどうだ」
一般病棟の個室に移ったサワダが朝食を食べているところにマナベが顔を出す。サワダの頭に巻いた包帯が痛々しいが、しっかりと朝食を食べるサワダ。
「あ、社長。お帰りなさい。せいじろうはやっつけましたか」
「大丈夫、越前の正体はやはりせいじろうだった。完全にやっつけておいたから大丈夫。だが問題が一つあってな。赤のクリムゾンを見つけたんだが、カルマを吸って巨大化しているから友ヶ島のメラニートのところに簡単に戻せなくなった。幸いせいじろうは、これまでの感化された悪の化身状態から完全に回復して、我々に協力すると言っている。だから、とりあえず赤のクリムゾンの監視をしてもらうことにした」
「それはよかったです」そう言いながらエビピラフの大盛りを朝から頬張るサワダ。
「ちょっと気になるのだが、なぜ病院の朝食がエビピラフなんだ」
「ここは、特別室なんです。相部屋でもいいと言ったんですが、相部屋がいっぱいで、それにコンピュータを持ち込むためには特別室しかだめと言われまして、この病院は飛行機のビジネスクラス並みのサービスが売り物で、食事も自由に選べるわけです。社長、覚えてますか、ファミ通に行った時、先にファミ通の編集員を撃ってしまったからエビピラフを食べ損なったこと。これで、やっとリベンジが出来ました」
「いわゆる、エビピラフの呪いから開放されたと言うわけだな」
「ついでに焼きビーフンの呪いからも開放されました。昨日は夜遅くまで、うちで作ったゲームをプレイしていたんです。普通だったらこの状態だとエビピラフではなく焼きビーフンを頼むはずですが、今日は全く焼きビーフンは食べたくありませんでした。やっぱり社長が越前を発見したから、焼きビーフンの呪いが解けたんでしょうね。とにかくよかった。これでデスビスノスの呪縛からも解き放たれる」
「そうだな、だが今ちょっとだけ気になることが―――」ふと、マナベはせいじろうの言葉を思い出した。

「―――私は一生このやり残した焦燥感にさいなまれながら生きて行くことになるんでしょうね」

「気になりますね、その焦燥感と言う言葉。以前は全く無かったんですが、ある時から非常に強い焦燥感を感じるようになりました。それがいつの頃からか解らないのですが」
「人間はやり残したことを片付けたくなるのが習性、それが人間を進化させた元だが、破滅へと向かうキッカケにもなりうるから気をつけないといけないが」
「そういえば、開発中に毎日毎食一日5回カレーライスを食べていた時に強い焦燥感を感じた記憶があります。このまま一生カレーライスを食べ続けないといけないのかなと考えている時でしたが―――」
「確かにエビピラフのリベンジは出来たが、もともとあの局面ではカレーライスを頼まなければいけなかったはず。気配を読まず、エビピラフを注文したことで最初のミッションは失敗したわけだ。確かにその後、エビプラフも食べ損なったがそれは主たる要因ではないはず。だから焦燥感の観点からは、ここでカレーライスを食べるのがスジ。だが、サワダ課長はエビピラフを食べても焦燥感は感じなかったのか」マナベが不安そうに尋ねる。
「全く感じませんでした」
「そうなると、ここでサワダ課長がエビピラフを食べていると言うことの辻褄が全く合わない、計算上はサワダ課長はこの局面だとカレーライスを食べなければ強い焦燥感を感じるはず、一体なぜなんだろう」
「確かにそうですね、そう言われてみると全く辻褄が合わない」
考え込む二人、少しずつ不安が大きくなって行く。人間の本質である焦燥感を感じなくさせる、悪意に満ちた意思が働いているのではないのだろうか。

「あっ、僕が急にエビピラフが食べたくなったのは、今日の朝、このゲームをプレイしたあとからです。このステージ、背肩三四五六がスケートに乗って走るゲーム、これです。
「そういえば、せいじろうがこんなことを言っていたぞ。デスビスノスは自分の複製体をすでに日本中にばら撒いていると」
それを聞いてサワダの顔が急に深刻になった。
「社長、思い当たる節があります。覚えてますか、デスクリムゾンが売れなくて暇で死にそうだった時プレイニート社からのパチモンソフトの移植を手伝った話、その時にデスクリムゾンのライブラリを一部流用して作ったんですが、ソースがないオブジェクトがありまして―――」
「ソースがないと言うのはどう言うことだ」
「普通、プログラムのC言語の場合、人間が読める形のソースコードと、バイナリーコード、いわゆる数字のならびになったコンピュータが読むコードがあり、普通はそれが1対1対応しているんですが、デスクリムゾンの場合、覚えてますか例の、ソースが消えてしまった事件」
「矢野主任がうっかりと間違えてソースを消してしまった一件だな」
「そうです、その時にアンデリートコマンドを使ってほとんどのソースは復旧出来たのですが、1ファイルだけソースが復旧出来なかったファイルがありました」
「それが、どんな関係があるんだ」

「そのファイル名が―――、オブジェクトしか存在していません。そのオブジェクトは、そんなに大きなサイズはないのですが、CPUの挙動を解析して決定するモジュール、いわゆる、CPU ACTION DEFINITION、いわゆるCADプログラムです」
「CAD―――我々が作っていたCADソフトと関係があるのか」
「直接的な関係はありません。ただ、そのファイルはある意味コンピュータの思考回路と呼ぶべき部分、それをもし何かの事情でデスビスノスが書き換えていたら大変なことになるかもしれません」
しばらく考えてからマナベが言う。
「つまり、サワダ課長の考えでは、そのCADファイルをデスビスノスが書き換えてデスクリムゾンに組み込んだ。例の矢野主任がデータを吹っ飛ばしたのは偶然ではなく必然だった。デスクリムゾンに埋め込まれたCADファイルは何らかの事情で意図通りに動かなかったが、プレイニート社から発売された背肩三四五六に偶然CADファイルが入ってしまった、一度頓挫したはずのデスビスノスの陰謀は、ここで復活したわけだ」
「社長、しかしこれはあまり大した問題ではないと言う気がしてきました。プレイニート社については以前、ちょっとだけ調べたことがあるんですが、ヨーロッパでパチモンソフトをたくさん出している、ちょっといわくつきの会社なんです。作品の名前を一文字だけ変えてメジャーなタイトルと間違えてユーザーが買うことを期待すると言うような商法ですね」
「業界の相当ディープな話に関わってきたな。いいのか、そんな話までここで持ち出して」
「いいんです、と言いたいところですが、これぐらいで自粛します。でも大丈夫ですよ。背肩三四五六ってわけの解らないタイトルでしたし、そんなに売れないでしょう、売れたところで、ヨーロッパでの話ですからあまり関係がないと思います」

「せがたーさんしろーせがたーさんしろー、せがさたーんしろー、でりゃ」
突然、サワダのテレビから音楽が流れ出した。タイマーが入ったらしい。
「なんだぁ、今のCMは、セガサターンのCMらしいが、これまでのセガのCMとは全然違う」
「まずいですね、社長。今のが背肩三四五六のオリジナルのせがた三四郎のCMです。こんなに派手にCMをやったら背肩三四五六まで間違いで売れてしまうかもしれません。本体の1割が、パチモンの方の背肩三四五六になってしまった場合―――」サワダが電卓をたたきながら計算した。
「推定で背肩三四五六は5万本を超えてしまう可能性があります。これは非常にまずい数字です」
「解った、すぐセガに電話してCMを止めるように言ってみよう」

「もしもし、エコールのマナベです。籠田さんですか、あの時はどうも―――」
「ああ、マナベ社長、お久しぶり。デスクリムゾン、大ヒットですな。まさかこんな展開になるとは夢にも思いませんでしたよ。何がヒットするか解らない不思議な時代ですな、是非、またこのような新作をセガサターンで作って下さい。いや、今のは取り消し、次はちゃんと企画書を先に出して下さいよ」
そう言いながら、上機嫌で話をする籠田課長。
「実は、お願いがありまして、今テレビでやっているせがた三四郎のCM、アレをすぐに中止して欲しいんです。あれが流れるとデスビスノスが世界を征服してしまうので―――」
冷たい空気が流れる。しばらく沈黙のあと
「あんたは何を馬鹿なことを言ってるんですか。もうデスビスノスの話はいいでしょう、無事にデスクリムゾンも発売出来たんだから。そもそもデスビスノスはおたくの会社のゲームの話、せがた三四郎とはなんの関係もないし、それにエコールがCMを中止してくれと言っても、簡単にはいそうですかといえる話じゃないでしょう。セガサターンの命運をかけた大宣伝プロジェクトの一環で、しかも大人気なんですから―――」
あまりの籠田課長の剣幕に返す言葉もないマナベ。
「とにかく、エコールは次のクソゲーでも作っておきなさい。この業界、柳の下のどじょうは3匹くらい売れますから、では失礼」

「ガチャ」電話が切られた。

「どうやら、セガとの交渉は不調に終わったらしい」
「そりゃそうでしょう、そんなの電話する前から解ってました。それより電話中にコンピュータでちょっと調査したんですが、自体はさらに深刻なことになっています」
「どうした、これ以上、不景気な話は聞きたくないんだが―――」
「背肩三四五六の人格破壊コマンド、三四五六バスターのトリガーですが、プレイニート社の指示によって暗号コードをマイクロチップに埋め込んで納入しました。トリガー自体はランダムな数字でしたがマイクロチップで変換して暗号化されたので組み込んだ僕にも解りません。そのトリガーを発動するパスワードは、そのマイクロチップがなければ解りません」

「せいじろうを締め上げた時に、そういえば白くて巨大なモノに関係があったようなとか言ってたが、一体なんだろう。なんか頭の片隅に引っ掛かりがあるんだが」
「それって、せがた三四郎のCMに使われている20倍スケールの白いセガサターンコントローラじゃない。げんこで激しくたたいているやつ」赤阪専務が思い出したように呟く。
「それだ、すべての話が繋がった。まとめると、サワダ課長が罠にはめられてパチモンソフトに組み込んだ人格破壊コマンド起動のパスワードは、プレイニート社を経由して白いセガサターンコントローラに組み込まれて撮影に使われた。そのコントローラがパチモンの方に使用されると人格破壊コマンドが起動されるが、未だに起動された形跡が無いところを見ると、現在のところは使用されていないと思われる。と言うことは、そのセガサターンコントローラを探し出して解析すれば人格破壊コマンドのパスワードが解るから対策を取ることが出来る」
「社長、グッドタイミングです。白の巨大セガサターンコントローラはどうやらがっぷ獅子丸が持っているようです。これを見て下さい」
「これは、アンビシャス学園のホームページじゃないか、どれどれ、アンビシャス学園秋の学園祭、開催予定は今週日曜日、場所は秋葉原のアンビシャス学園、インターネットで世界同時に学園祭の模様をストリーミング配信。コンテンツは、がっぷ獅子丸をコーディネーターに迎えて、ユニークなゲームの日本大会、裏がっぷゲーム大会を開催。優勝商品は、あのせがた三四郎のCMで使われた白い巨大サターンコントローラ」
「どうやって、がっぷは白いコントローラを手に入れたんだ」
「なんでも、メッセサンオーカオス館でたまたま売られていたのを買って来たみたいですよ」
「なんと言う恐ろしい偶然、これもクリムゾンの呪いに導かれているのか」
「だが、不思議なのは、がっぷ獅子丸はすでに蒼い銃で教化してあるはず。我々を追い詰めるような企画をたとえ無意識としても引き受けるのは不自然だが」
「それは理解出来ます。がっぷ獅子丸を教化に行った時、社長は10発くらい発射しましたよね。あれがきっとやりすぎなんです。1発で十分なところを10発も撃つから、オカルト研究家としての血が目覚めて、特殊能力を身につけたんじゃないですか。単にクリムゾンを宣伝するだけではなく、何か大きな動きを見つけて自分も参加する方向に進めていったのだと思います。その過程で、白のサターンコントローラも見つけたと思われます」
「それだとなかなか厳しいことになる予感がする。教化したはずのがっぷも敵に回っているわけだからな」

「アンビシャス学園祭について、参加要綱が発表されています。決勝戦はパチモン背肩三四五六」
「なんか、いかがわしい企画だな、まずソフトの選択が相当偏っている。これもクリムゾンで10発撃った影響なのか、がっぷはいいとして、これに参加するファンってどう言う神経をしているんだ」
「どうやら、パチモンと知ってて面白がって参加しているみたいですよ。なんでも、デスクリムゾンの発売以来、常識が通用しなくなって。これまで、まともにゲームを作っていた企画者が、なんであんなものが売れるんだろうと悩んで自殺したり、クソゲーを作ったことのあるプロデューサーが高給で引き抜かれたりと、ゲーム業界自体のモラルハザードが起きている様子です」
「要するに、我々は自分で自分の首を絞めているわけだ」

「アンビシャス学園祭、がっぷ祭り、優勝商品はCMで有名なセガサターン白コントローラ、種目は―――、予選がドリームジェネレーション所持金競技」
「あれって、赤阪専務がレインディアブランドで作ったゲームだな、実質はエコール製のゲームだが、恋愛シミュレーションを作る予定だったのがホームレスになったりギャンブラーになっていつの間にか生活するだけでも苦しい、とてもデートどころではないワーキングプア体験都市生活サバイバルゲームに結果として仕上がってしまったゲームだ」
「そうでしたね、デートしていたら生活出来なくなる、生活しようとしたらデートが出来なくなると言う青年たちの根本矛盾を白日の下に晒すゲームでした」

「準決勝は、仮称ムサピィのみらくるデス魔宮でのクリアタイムを競う競技だってさ」
「あれは、デスクリムゾン色をはずすためにタイトルをムサピィのチョコマーカーに変えて発表したゲームだったな。ルールが難しすぎて一般人お断り、デスクリムゾンファンでさえごく一部にしか支持されなかったと言う、極めつけのユーザーを選ぶゲームだった」
「どうもエコールで企画するゲームはユーザーに対して厳しいですね。ゲームは娯楽なんだから、修行っぽくしなくてもいいとは思うんですが」

「決勝戦は、背肩三四五六のミニゲームで一発勝負、どの競技で行うかは当日発表します」
「これって、難易度がきびしいあの背肩三四五六のミニゲームを全部練習しておけと言うことですね。種目が多すぎて何を目的としたイベントかよく解らないが」
「それはだな、きっと参加者を苦しませて、その苦しむ姿をネットを通じて高い目線から笑おうと言うかなり趣味のわるいイベントとみた」
「がっぷ獅子丸はもともと意地悪な性格なんですかね」
「それはちがうな。教化が度を越して、ゆがんだ愛情をエコールに対して持つようになったんじゃないか。エコールに作られた、クソゲー専門メーカー、そのイメージをさらに増幅することがエコールに対する愛だと考えるようになってしまったんだと思う」
「少女にゆがんだ愛情を注ぐロリおやじみたいですね」
「いずれにせよ、我々は、このイベントで優勝して、白のセガサターンコントローラを入手して三四五六バスターの起動コマンドを解析せねばならん」
「じゃあさっそく、プレイの練習ですね。メンバーはゲーセンで直接スカウトして来ますか」


□1995年12月22日 10時00分 エコール社内

「どうだ、集めたプレイヤーの状況は―――」
「やっぱり、予選がドリジェネ、準決勝がチョコマーカー、決勝が背肩三四五六と言うのが難しいです。プレイヤーはそれぞれ得意なジャンルがあるけど、これは全然違うし、背肩三四五六はメジャーだからいいとして、ドリジェネとかチョコマーカーはマイナーすぎて手に入れるのも困難。どうしてがっぷ獅子丸はこれを種目に選んだんでしょうか」
「ライトユーザーではなく、カルト好きなユーザーを参加させたかったんだろうな。もともとはオカルト研究者らしいし」
「いずれにせよ、ゲームが苦手なサワダ課長や、俺では全く歯が立たないことは間違いが無い」
「うーーーむ、困りましたね」

「お茶入れたから飲むぅ、体にいい杜仲茶にフナムシのエキスとか入れた元気が出るお茶を入れてみたのよぉ」
「ありがとう、赤阪専務は何をしているのかと思ったら、モニターを見ていたんだなぁ」
「最近、エコールも悪い意味で有名になって変な人たちが周りをうろうろして物騒でしょう、だから時間のある時はモニターで周囲を観察しておくようにしているのよぉ」
「あれ、今の人影はどこかで見覚えのある顔だが―――」マナベがコンピュータの画面を見ながら呟いた。
「残念ながら、ちょっと見落としたみたい、ちょっと人がお茶飲んでいる時に限って何か起きるんだから」

「確かに、見覚えがある顔だった。だが、最近業界の関係者と話することが多くて、なかなか人の顔を覚えられん。大体の人は、先に会社名と名前を言ってから話を始めてくれるからいいけど、時々、いきなり用件に入ってしまう業界人がいて、結局相手が誰か最後まで解らないまま、世間話をして終わり、みたいな話が結構多い。あれって相手も俺が誰か解って話してるのかな」
「だから、社長は作務衣を着て変な格好でいるんでしょう。相手に名前を覚えて欲しいからぁって話だったわよぉ」
「そういえば、8年位前にそんな話をした覚えがある。どうしても相手の顔が覚えられない。だったら、相手に先に覚えられるように外見に特徴を出そうと言う話だったな。だが、今の顔は一体誰だっけ、どうもクリムゾンとかかわってから健忘症が出始めたらしい」
「ひやぁー、あれは矢野主任よ。きっと間違いがないわよぉ」
「何で矢野主任がこのビルにいるんだ、彼はユーザーサポートに疲れて失踪したんじゃなかったのか」
「もしかして、デスクリムゾンを作ったスタッフだと言うのを面接で言ったらことごとく落とされて、就職先が見つからなくて、文句を言いに来たんじゃない」
「たしかに、デスクリムゾンを作ったスタッフですと言った場合、面接相手はかなり複雑な気分で対応するだろうな」
「最近サワダ課長が、この監視カメラを双方向通信が出来るように改造したからちょっと呼び掛けてみよう」

「矢野主任、矢野主任、君の行動は逐次監視されている。素直に投降しなさい」
「そんな言い方したら、逃げちゃうわよぉ」

投降して来た矢野主任を前に、マナベが話をする。
「お帰り、矢野主任、君に新しいミッションを与える。直ちに君はチームクリムゾンを編成して、近く行われる三四五六祭りにエントリーして、そこで優勝して欲しい。
世界を救うために、絶対に君の力が必要なんだ。力を貸してくれ。」
そう言いながら、後ろ手に蒼い銃を準備するマナベ。
「社長、喜んで世界平和に貢献させていただきます。三四五六祭りで優勝するんですね。ゲームのことは俺に任せて下さい」
「そうか、ありがとう」

「マナベ社長、よかったわねぇ、蒼い銃で無理やり教化するなんて荒業を使わなくても矢野主任が帰って来てくれてぇ」
「赤阪専務、お久しぶりです。あれから、やっぱりガテンを見て就職したんですが、やっぱりゲーム制作のあの緊張感が忘れられなくて―――そうしたら、ついここに足が向かってしまって」
「あの、ユーザーサポートやってたクルムシ君も一緒に帰って来たんですが、彼と一緒にペアを組んでエントリーします」


□1996年 1月5日 10時00分 アンビシャス学園

「やっとここまで来たわねぇ」赤阪専務がしみじみ言う。
「厳しい戦いだった。予想以上に参加者のレベルが高い。最初のドリームジェネレーションサバイバル競技の予選はさすがに開発者のアドバンテージで余裕でクリア出来たが―――」
「神社のおみくじとパチンコや競艇の勝率は連動しているから、まず朝一番に神社ででおみくじを引き、大吉なら迷わず一日ギャンブル、それ以外なら人体実験のアルバイト、夏は早起きして朝7時に来る日雇い労働者のトラックに乗って日当を稼ぐとかいくつか明確な攻略法があるから、便利だな」
「それでも、予選は1位通過じゃなかったですね、一体1位をとったチームスプラッシュってどんなやつなんだろう、矢野主任も相当オタクっぽいけどそれにさらに輪をかけた、究極のオタクかもしれない、決勝戦は相当厳しいことになるな」
「まあ、ゲームのことなら任しておいて下さい、オタクだろうが魔法使いだろうが風水師だろうがやっつけてしまいます」

館内で歓声があがる。
「おお、なんとか間に合った。赤阪専務、わがチームクリムゾンの状況はどうだ」
「それがねぇ、相当大変らしいわよ。なんとか決勝には進めたけど、もう限界ギリギリってところなのぉ、ムサピィのチョコマーカーの準決勝はもともと社長が作ったテーブルでしょう。あらかじめ、攻略のコツを教えておいたはずだけど、それ以上の攻略方法を考え出してきたチームスプラッシュは相当レベルが高かったわ。組み合わせに救われたって感じで、ブロックAの2チームのどちらと戦っても全く歯が立たなかったと思うわ」
「そういえば、決勝進出のスコアを見るとあまり良い数字ではないな。なかなか日ごろの自己記録を更新出来ていないどころか相当低いスコア、一体、矢野主任に何があったんだ」
「矢野主任は雰囲気に飲まれてるのよぉ、この独特の雰囲気に」
「なぜか判らん、なんで雰囲気に飲まれるんだ」

「ただいまから三四五六祭り、決勝戦を行います。青コーナー、チームスプラッシュ、ブラックバス&ブルーギル選手の入場です」
「あれが対戦相手、チームスプラッシュなのぉ、がんばれスプラッシュ」
「赤阪専務、なんでチームクリムゾンの矢野主任じゃなくてチームスプラッシュを応援してるんだ」
マナベの声に反応せずステージを見る赤阪専務。

美少年の二人がステージにあがると、黄色い声があがる。
「あれが対戦相手か、だがあの応援団はなんだ」
「チームスプラッシュの追っかけの女の子たちよ。ゲームプレーヤー界で最も美しくてかっこいいのが彼らだから、追っかけの女の子がたくさん集まってるわ」
「そうか、矢野主任も女性の扱いは苦手だったな、たしかオタクとか魔法使いとか風水師ならやっつけると言ってたが、美少年しかも女子高生の追っかけが取り巻いているこの状況は完全に相手に呑まれてしまっている」
「社長、そういえば美少年は得意だったよねぇ、なんかこの前ゲイゲームの営業に新宿2丁目とかに行ってたしぃ、その方面には詳しいんでしょう」
「そりゃそうだが、このような展開は読めなかった。こんなことなら綺麗どころの美少年をゲイショップのオーナーに紹介してもらってメンバーの一人に入れておけばよかった」

「つづいて、赤コーナー、チームクリムゾン、矢野主任&クルムシ選手の入場です」
「帰れ、引っ込め」
「おおっと、すごいブーイングだ。やはり、ビジュアル的にハンデのあるチームクリムゾン、今のところは完全に会場はチームスプラッシュの応援に押されぎみだががんばって欲しい」

「決勝戦の模様はインターネットで世界に同時配信され、推定1000万人のゲームファンが視聴しています。チームスプラッシュ、チームクリムゾン、共に死力を振り絞って戦って下さい。優勝商品はこの、せがた三四郎のCMでも使われた白いセガサターンコントローラ」
「社長、ゲーム大会は相当厳しいと思うけど、隙を見てあのコントローラ、強奪した方が手っ取り早いんじゃない。このままだと、きっと矢野主任は負けると思うわぁ」
「いや、相手はあのがっぷ獅子丸、きっとあのコントローラは模造品で、本物はどこかに隠してあるはず。今うっかり動くとすべてが終わりになってしまう気がする。何かきっと神風が吹いて、この危機的な状況は打開されるはずだ。もうしばらく待ってみよう」

「では、決勝戦の種目を発表します。種目は―――」
「困った時は頭を使え、かわら割りで勝負だ」
「まずいですね、海のコラムスだったら、プレイ時間が長いからこれまでの練習が役に立って互角に戦えるかもしれない、だが、かわら割りみたいな一発勝負のゲームはもともと矢野主任が不得意な分野、その上、周りの女子高生の声援、総合的に判断するとこの勝負きっと負けると思います。これで世界の平和も我々の人生も終わりになると思います」
「戦う前に負けることを考える馬鹿がいるかぁ、この野郎」
「風水的には負けると思うわぁ、でもちょっと風が変わらないか読映してみるわねぇ、結論は―――この苦境を乗り切る方法が1つだけあるわ、それはマナベ社長が持ってるらしいわ、風水的にはそう出たけど、なんかアイディアあるぅ」
「何もない―――頭が真っ白だ」
「社長、豆乳ドリンク飲んで下さい、用意しておきました。この際、多少のドーピングはOKでしょう、なんせ世界の未来がかかってますから―――」
「よし、そうしよう、豆乳ドリンク投入開始」
「ダジャレはやめて下さいねぇ、風水が乱れるから」
「エネルギー充填完了、高速思考開始」
「社長、早くして下さい、もうすぐ競技が始まってしまいます。手遅れになります。なんでもいいからアイディアを出して下さい」

「解決法発見、実行開始」
そう言いながら、マナベは携帯電話を持って会場の外に出て行った。

「社長、電話を掛けましたよ、ゲイショップのオーナーに連絡してこちらも美少年を用意するんですかね」
「美少年を用意しても、ゲームが上手くないとだめだから苦しいと思うわぁ」

「あれ、赤阪専務、なんかがっぷ獅子丸がなんかそわそわし始めましたよ。事務局の人間と何か話しているし、深刻そうに話してますよ、何か社長の解決方法が影響を及ぼしたんですかね」

がっぷ獅子丸がマイクを取り会場に説明を始める。
「皆さんにご報告申し上げます。これから行います三四五六祭りの決勝戦ですが、予定を変更いたします。たった今、背肩三四五六のオリジナルソフトを発売したセガ社から警告がありまして、パチモンソフトを使った上映やゲーム大会は行わないで頂きたい、もし強行した場合は、著作権評議会と協議してしかるべき措置をとると言うことですので、残念ながら決勝戦は行えなくなりました」

「ぶーぶーぶー、せっかくだから俺はブーイングするぜ」
会場から激しいブーイングと金返せのメールがアンビシャス学園のサーバーに数万通単位で届く。

「解りました、何か対応策を検討しますのでしばらくお待ち下さい」
そう言いながらがっぷ獅子丸が控え室に戻る。
「どうだ、効果の程は―――」
「あ、マナベ社長、お帰りなさい。かなり動きがあったみたいですよ。どうやら、セガからクレームが来てゲーム大会でソフトが使えなくなったみたいです」
「そりゃそうだろう、今しがたセガの籠田さんに電話して、三四五六祭りについて垂れ込んでおいた。すぐに対応するって言ってたけど、俺がここに帰って来る前にすでに対応が終わっているとはさすがセガ、仕事が早い」
「やっぱり豆乳ドリンクの効果ですね」

ここでがっぷ獅子丸が再度登場する。
「協議の結果をご報告いたします。三四五六祭りの決勝戦で行うかわら割りですが、ゲームでのプレイでなく、リアルにかわらを割る競技に変更して続行いたします」

息を呑む女子高生たち
「それはだめです、それって自分の頭でかわらを割るってことでしょう。スプラッシュさまの美しいお顔に傷がついてしまう」
「そんなのデブチームが有利に決まってるじゃない、絶対に反対です」
収拾が取れなくなる会場。

「まあ、イベントは一度収拾が取れなくなると大変だな」
「そういえばマナベ社長はイベントを何回もやってましたね、この先はどのように展開すると予想しますか」
「このまま大混乱になって暴動とかを扇動するやつがでて、ドサクサに優勝商品を持ち逃げするやつとかでて、大騒ぎになるだろう、その時がチャンス。例の白いサターンコントローラを頂いていこう」

「今、チームスプラッシュと協議しました。棄権せず競技に参加するそうです。なんでもブルーギル選手は、空手の有段者、かわら割りとかは小学生の頃からやってるから問題なしとのことです。ここまでブラックバス選手を立てて控えに回っていたブルーギル選手、主戦で参加です」
「きゃあ、ブルーギルさま、かっこいい、素敵ぃ、クラクラするぅ」
「まずいな、それは予想外の展開、ブルーギルが空手の有段者だったとは―――、これで打つ手がなくなったか」
「風水的には、これも神風が吹いて大丈夫だと出てるわよぉ」
クルムシがのそーっと現れる。
「俺も空手得意なんですよ、かわら割りだったら絶対に負けません」

ブルーギルが16枚のかわらを頭突きで割り大歓声を浴びたが、クルムシは大ブーイングを力に変えて、17枚達成。かろうじてクルムシがブルーギルを振り切る。
「これにて、三四五六祭りは大盛況で終わります。みなさんありがとう、優勝したチームクリムゾンの皆さん、おめでとう、ではさようなら」
そう言いながらがっぷ獅子丸がステージから降りる。
「やっぱり、赤阪専務の風水は無敵だな、さっそくこのサターンコントローラを解析して無力化しよう。これでデスビスノスの野望も阻止出来る」